大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和39年(う)291号 判決 1965年2月19日

被告人 阿部豹一

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年六月に処する。

原審における未決勾留日数中五〇日を右本刑に算入する。

理由

本件控訴趣意は仙台地方検察庁石巻支部検察官検事穴沢定志名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人千葉長名義の答弁書記載のとおりであるから、各これを引用する。

本件控訴趣意(原判示第三の事実誤認)について、

検察官は本件起訴状記載第三の強盗致傷の公訴事実に対し、原判決が判示第三において恐喝と傷害の二罪に認定したのは事実認定に誤りがあると主張し、弁護人は原判示をもつて正当であると主張するのである。原判決が本件起訴状記載第三の公訴事実、すなわち「被告人は昭和三九年四月八日午後一一時一〇分頃、石巻市立町一八番地簡易料理店エコーから帰宅するに際り、有限会社石巻タクシー所属運転手沼津富雄(四二才)の運転する小型乗用車を雇い、牡鹿郡稲井町流留までの走行を指示したが所持金も無いところから同人に暴行脅迫を加えて乗車料金の支払いを免れようと決意し同日午後一一時二〇分頃同市渡波字浜曽根三七番地先に差しかかるや「この野郎やつつけてやる」と言いざま突然同人の背後から右腕を同人の頸部に巻きつけて強く引き締めて同人の反抗を抑圧し、よつて同人をして同車を同所伊勢谷地三三番地の七、石巻消防署渡波出張所前に停車せしめ同所において前記区間の乗車料金三二〇円の支払いを為さず同所より逃走し、もつて右同額の財産上不法の利益を得たが、その際前記暴行により同人に対し加療五日を要する頸部皮下出血の傷害を加えたものである」という事実に対し、被告人の暴行、脅迫は相手方の反抗を抑圧するに足りる程度に達したものということはできない、として原判示第三において、論旨摘示の如く判示し、恐喝と傷害の二罪に認定したことは検察官主張のとおりである。

おもうに、強盗罪の成立に必要な暴行または脅迫は、犯行の時刻、場所その他の周囲の情況や被害者の年令、性別その他精神上体力上の関係、犯人の態度、犯行の方法などを客観的に観察し、その暴行または脅迫が社会通念上一般に被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものであるかどうかという客観的標準によつて決定すべきものであり、具体的事案における被害者の主観を基準として決すべきものでないことはもとより、被害者が犯人の暴行または脅迫によりその精神および身体の自由を完全に制圧されたことを必要としないものと解すべきであり、また刑法二三六条二項の罪は現に債務を免れる目的をもつて、暴行または脅迫の手段により、被害者をして債務の支払を請求しない旨を表示させて支払を免れたると、右手段をもちい被害者をして精神上または肉体上支払の請求をなすことができない状態に陥らしめ、もつて支払を免れたるとを問わないものと解すべきであり、この点についての検察官の所論は正当である。

よつて、前記原判示の当否を検討するに、被告人の原審および当審における供述、被告人の検察官および司法警察員に対する各昭和三九年四月一五日付各供述調書、証人沼津富雄の原審および当審における証言、同人の検察官に対する供述調書、司法警察員作成の昭和三九年四月一五日付実況見分調書、医師二宮以義作成の診断書を総合すれば、被告人は自動車料金の支払を免れる目的をもつて、人家の寝静まつた深夜、人車の通行もほとんどなく外灯もない石巻市渡波浜曽根二の三七の七付近を走る被告人と被害者である運転手沼津富雄(当時四二年)の二人のみの自動車内において、被害者に対し「この野郎米を要らないつてか」「警察でも何処でもいいから連れて行け」「この野郎やつつけてやる」などと怒鳴り、かつ直ちに右腕を被害者の首に巻いて引きつけるようにして強く絞め同市渡波下伊勢谷地三三番地石巻消防署渡波出張所手前約二〇メートルまで継続し(走行区間約二二〇メートル……九五丁裏参照)、後記のように被害者が右同署前に停車し署員の援助を求めている間に逃亡して自動車料金の支払を免れたものであること、被害者は被告人の右行為により一時息が止まつた程であるばかりでなく、左右頸部に数個所の溢血班、腫脹、圧痛、運動痛等の傷害を受けたものであること、被害者は精神上、肉体上の自由を制圧されてはいたが、ただ手足が比較的自由であつたことと二―三〇〇メートル(前記実況見分調書「九五丁裏」によれば実際は約二四二メートル)走行すれば前記消防署があることを知つていたところから、同署員の援助を求めるのが良策と判断し、畏怖の念と絞首の苦痛に堪えて操縦を継続し同署員の援助を求めるに至つたものであることが認められる。以上の事実関係のもとにおいて、被告人の前記暴行、脅迫の行為を前示標準によつて考察すると、本件の暴行脅迫は、強盗罪の成立に必要な被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものと認めるのが相当である(これと見解を異にする弁護人の主張には賛同できない)。そうとすれば、原判決が被告人の行為は強盗罪における暴行、脅迫の程度には達しないものとして、恐喝と傷害の二罪に認定したのは事実の認定を誤つたものというべく、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。ところで、原判決はこの事実とその余の事実を併合罪として一個の刑を科したのであるから、結局原判決は全部破棄を免れない。

よつて刑訴法三九七条一項三八二条により原判決を破棄し同法四〇〇条但書により当裁判所においてさらにつぎのとおり判決する。

当裁判所においてあらたに認定した罪となるべき事実(原判示第三の事実にかわるべき事実)およびその証拠の標目ならびに右事実についての弁護人の主張に対する判断はつぎのとおりである。

(罪となるべき事実)

第三、被告人は昭和三九年四月八日午後一一時一〇分頃石巻市立町一八番地簡易料理店エコーから帰宅する際、有限会社石巻タクシー所属の運転手沼津富雄(当時四二年)の運転する小型乗用車を雇い、牡鹿郡稲井町流留までの走行を指示して出発したが、手元に所持金はなく帰宅しても現金払の見込みがないことから、途中で乗車賃は米で支払う旨申入れたところ拒否されたので困つてしまい、むしろ同人に暴行脅迫を加えて乗車料金の支払いを免れようと決意し、同日午後一一時二〇分頃、人家もほとんど寝静まり外灯もなく人車の通行もほとんど絶えていた石巻市渡波浜曽根二の三七の七付近の道路に差しかかつた際同人に対し、「この野郎米を要らないつてか」「警察でも何処でもいいから連れて行け」「この野郎やつつけてやる」などと怒鳴るや突然背後から同人の頸部に右腕を巻いて強く引き絞めて同人の反抗を抑圧し、同人をして同市渡波下伊勢谷地三三番地石巻消防署渡波出張所前に停車させたうえ、右自動車から逃亡して前記区間の乗車料金三二〇円の支払いを免れ、もつて同額の財産上不法の利益を得たが、その際前記暴行により同人に対し治療約五日を要する頸部皮下出血の傷害を与えたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

原審弁護人は被告人は右第三の犯行当時心神耗弱の状態にあつた旨主張するけれどもその理由のないことは原判決の判断するとおりであるからこれを引用する。

原判決の確定した原判示第一、第二の事実および当裁判所の認定した前記第三の事実を法律に照らすに、右第一の事実は刑法二三五条に、同第二の事実は同法二四六条一項に、同第三の事実は同法二四〇条前段に各当るから、右第三の罪については所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文一〇条により右第三の罪の刑に同法一四条の制限に従い法定の加重をした刑期範囲内において処断すべきところ、犯情にかんがみ同法六六条七一条六八条三号により酌量減軽をし、その刑期範囲内において被告人を懲役三年六月に処し原審における未決勾留日数中五〇日を刑法二一条により右本刑に算入し、原審および当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書により全部被告人には負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 斉藤寿郎 小嶋弥作 杉本正雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例